カテゴリ:九州( 22 )

九州シリーズやっと最終回

ANAとJALって離陸の仕方が違いますよね?
ANAはあまり上昇のG、ジェットコースターのような加速度を感じません。
かたやJALは一刻も早く上へという感じで、結構Gを感じます。
30年前からそう思ってるのですが、どうでしょう?

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ほおって置くとすぐに忘れてしまうので、まとめておくのは時間が掛かりますけど重要ですね。
これでやっと2世紀の世界に戻って、物部氏を活躍させられます。

 


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by nosaphoto | 2016-12-26 13:00 | 九州 | Comments(0)

霧島神宮 その2

明るい青空を大きく入れた霧島神宮です。
この屋根を見ると山幸彦が海幸彦の釣り針を無くして訪れた
「魚の鱗の如く造れるワタツミノ神の宮」を思い起こします。
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左下の石塔を使って窓枠効果を狙いました。

九州はまだまだ紅葉には早く、あまり色づいてはいませんでした。
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一部色づいていた木々と鳥居です。
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勝ち組の鮮やかな色使いを堪能できる神社でした。

 

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by nosaphoto | 2016-12-23 19:43 | 九州 | Comments(2)

古墳は何基写っているでしょうか?

そろそろ九州シリーズを閉めて2世紀の世界へ戻らないといけないのですが、西都原古墳群の写真を見つけてしまいました。
古墳群を歩いている時に何気なく撮った一枚です。
中央の手前あたりの小さな塚も古墳です。
では、問題です。
ここに古墳は何基写っているでしょうか?
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5基以上は写っています。




答えは次のページで
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by nosaphoto | 2016-12-23 19:41 | 九州 | Comments(0)

土偶がない

南九州からは土偶が出ません。
西都原考古博物館の見解です。
「土偶は自然と人を繋ぐもの。気候に恵まれたこの地方では土偶祭祀の必要がなかった。
最も興味を引くものは人間そのものであった」

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瓶 西都原考古博物館蔵
これを見ているとそうかも知れないなぁと思いました。
上が鏡になっていて瓶の口が見えます。
これはきっとお酒が入っていたとしか思えませんね。

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高坏 同館蔵

魏志倭人伝では人々は生来酒を好み、飲食では高坏を使うとあります。
こうしたものだったのでしょうか。

そう言えばヤマトタケルの熊襲征伐も酒宴の場だったなぁ。
九州=酒のイメージがますます強くなりました。

 

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by nosaphoto | 2016-12-17 10:18 | 九州 | Comments(0)

討ち入りの日

今日は赤穂浪士の討ち入りの日。
旧暦の12月14日なので、ほとんど満月の明るい夜だったのでしょうか。
命を賭してまでの忠義に、国際的な人気が高まっているとNHKの番組でやってました。
泉岳寺に入った時に住職から先方のことを聞かれた大石内蔵助は
「吉良様、家臣の方々ともに見事なお働きでした」
と答えたとのこと。
例え敵(かたき)であっても敬意を払う例だとも紹介されてました。
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蒙古塚を思い出しました。

 

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by nosaphoto | 2016-12-14 16:09 | 九州 | Comments(0)

宮崎県総合博物館。豊かさの象徴に見えました

「なんだこれ」と説明を見ると海の竜神、船の船霊(ふなだま)様を祭り、大漁と航海安全を願うものだそうです。
昔、大きな日本の企業にいた時、新しい製品や仕事のやり方など提案してくるのは九州支店からでした。
他と違い革新の気質が強いなと思ってました。
これも一歩間違えば悪ふざけになってしまいますが、よく出来てます。
何と言うか祈りを感じました。
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この博物館は無料で、子供たちが友達同士で来て土器を組み立てて遊んでいたりしてました。
住むのに本当に良さそうです。

博物館の一角にありました。さすが、派手ですね。
平成10年5月1日にリニューアルオープンを記念してのものでしょうか。
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写真にもある「天津祝詞」(あまつのりと)の初音ミクバージョンがyoutubeにありましたので、ご参考までに。
イザナギ命が黄泉の国から帰ってきて禊ぎをして、 アマテラス・ツクヨミ・スサノオが産まれます。
それに因み犯した罪あるいは穢れを祓うために唱えられる祝詞です。


 
高天の原に神留(かむづま)ります
神漏岐(かむろぎ)・神漏美命(かむろみのみこと)もちて    ← 男の神々、女の神々のこと
皇御祖神 伊邪那岐命(すめみおやかむいざなぎのみこと)
筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(おど)の阿波岐原(あはきはら)に   ← 日向のアワキハラ(今のシーガイヤ辺り)
禊祓(みそぎはら)い給う時に生(あ)れませる祓戸(はらいど)の大神達(おおかみたち)
諸々(もろもろ)の禍事罪穢(まがこと・つみけがれ)を 
祓い給い清め給えと申す事の由を天津神・国津神・八百万神等共(やおよろずのかみたちとも)
神たちともに 天の斑駒(ふちこま)の耳 振立(ふりたて)て聞食(きこしめ)せと恐(かしこ)み恐みもうす

 この後、2番目にこの世に現れた「カムムスビ神」に祈っているようです。 
 いろいろなバージョンがあります。

神主さんは「変な抑揚はなるべくつけず」と言ってたように思うのですが。。
まぁ、いいんじゃないでしょうか。

 

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by nosaphoto | 2016-12-11 23:45 | 九州 | Comments(0)

霧島神宮

今回の九州の旅で最後に訪れたのは霧島神宮。
ここはとにかく屋根を見たいと思ってました。
社殿を撮る時は中央に立って水平・垂直に気を付けるのが基本。もしくは完全に斜めから撮るか。
あと15cm右に寄ってれば苦労しなかったのですが、少々左から撮ったために左右シフトと回転で微調整するはめに。
神社や寺の屋根は難しいです。

ご祭神は天照大神の孫、ニニギ命です。
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ニニギ命が高千穂のくじふるたけに天下った時に
「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙の岬*に真来(まき)通りて、朝日の直さす国、夕日の日照る国なり。
かれ、この地はいと吉き地」
と申され、この地に壮大な宮殿を建てお住まいになりました。

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ニニギ命が降臨されたのは西臼杵郡高千穂町なのか、霧島連峰の高千穂峰なのか。
本居宣長から始まり未だに決着が付いていない問題です。
今回これらの地を巡り、また平安時代の書「延喜式」に高千穂町の神社が載っていないことから、私は霧島だと確信しました。
興味のある方はこちらの古代史のサイトでご覧ください。
天孫降臨の地は高千穂町か霧島連峰か
リッチリンクはどうもリンクに見えないので、通常リンクを使ってます。

 

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by nosaphoto | 2016-12-10 16:13 | 九州 | Comments(0)

九州二景

九州を廻っていて「あれっ」と思った光景です。

糸島市の伊都国歴史博物館を出たところです。
「たたなづく青垣、山隠れる」大和にそっくりだなと思いました。
両方とも邪馬台国の有力候補として論議の対象となった国です。
あの山には水源地信仰があるのではないかな?
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信濃の水内を思い出しました。
この写真で「中条だよ」と言われたら信じるかも。
西日本を訪ねていつも感じるのは、豊かさです。
住んでいる方には分からないと思いますが。
道の広さ、人、車、家、店の多さ等々。
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水内郡史を見ると、江戸時代の後期でも「〇〇村、5戸17名、XX飢饉で全滅」といった記録がいくつも載っています。
こちらではそんなことは無かったのでしょうか。

阿蘇山から高千穂町への途中でした。

 

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by nosaphoto | 2016-12-09 22:41 | 九州 | Comments(2)

宮崎神宮は護国神社?

雨も上がり霧の中、神武天皇をご祭神としている宮崎神宮へ。
この鳥居、見覚えがあるけど。どこで見たんだっけ?
シンプルですが特徴的です。
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暗い夕方は何を撮ろうか迷うことが多いのに、ここでは何も迷うことはありませんでした。
光を計算して設計したんでしょうねぇ。
逆に言えば誰が撮っても同じってことですけど。
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七五三で来られていたご家族も何組かおられました。
大人になっても覚えているだろうな。
長い歴史はこうした心に残るイベントを選び、残してきたのだと思います。
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手水場も露出を落とすと柄杓が浮かび上がってきました。
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思い出しました。
上の横棒「笠木」が反りがなく真っ直ぐで丸木。下の「貫」が平板で左右の柱を突き抜いていない。
鳥居は靖国神社と同じです。
これは護国神社で使われるものだそうです。
なぜここに?
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2015年10月撮影 靖国神社

調べてみたら、先日紹介しました神武天皇のお船出の地「美々津」は日本海軍発祥の場とされているとのこと。
皇軍の強さに因み護国神社の形態が入ってきたのでしょう。
また社殿は明治40年に造替されています。
それで明治神宮や橿原神宮のような神社としては最先端のデザインなのでしょうね。

 

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by nosaphoto | 2016-12-08 11:55 | 九州 | Comments(0)

観光誘致のモデル 高千穂町

一つ、アップし忘れてました。九州中部に戻ります。
高千穂の天岩戸神社です。
屋根の影が気になっていたら、次から次へと団体さん(1グループ40、50人?)がやって来ました。
皆さん、神職さんの話しを聞いている所です。
何グループもいます。確かめただけでも5グループ、バスガイドさん一人が1グループを担当してました。
凄い動員力です。
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ツアーを調べてみたら、何社もの観光会社が東京や札幌、大阪など全国から「天孫降臨の地、高千穂峡へ」と募集してました。
近くの高千穂神社では毎晩(!)神楽もやっているとのこと。
町としてマイカー、レンタカーで来たお客さんの車に観光協会のガイドが同乗して、観光コースの案内、神話や伝説の解説をするサービス(有料)もあるようです。
ここまで徹底している町ははじめて見ました。
写真は天の安川としている石戸川です。
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タヂカラヲ神かな。
天孫降臨の神話に結び付けて全国からの集客に成功しているようです。
次はやはり外国へ広がれば完璧かな。
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これじゃぁ、天孫降臨の地の看板は外せませんね。
ニニギ命が降り立ったとする場所を高千穂町とするか霧島連山とするか、江戸時代から続く議論です。
私の考えは今度、記紀の舞台設定や地理の視点でお話しします。

 

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by nosaphoto | 2016-12-07 16:17 | 九州 | Comments(0)