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もう秋ですね。 @戸隠

突然涼しくなってきました。
標高が少し高い場所では寒いです。
夜明け近くの星空が綺麗でした。
雲が出てきたので慌てて一枚。
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明るくなってきたら、完全に秋の雲でした。
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少々ご無沙汰してますが、このところ古墳や遺跡を調べてまして
目処が付くまで少しゆっくりやっていきます。

 

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by nosaphoto | 2015-08-27 15:40 | 戸隠 | Comments(2)

所作の美しさ @善光寺

「お上人様、本堂に上がられます」
いつも同じ時刻、タイミングで正確に同じ動作。
美しい所作でした。
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文化というのは、心的・精神的インフラなのかな。
ミリオンセラーと言っても購買対象者を1億人としたらわずか1%の影響度。
一時的な流行を超え、時を重ねてはじめて文化となり得るように思います。

そうすると文明は物質的インフラでしょうか。

 

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by nosaphoto | 2015-08-18 21:44 | 善光寺 | Comments(2)

野尻湖灯ろう流し花火大会 @上水内郡信濃町

信濃町にある野尻湖畔の花火大会です。
92回目だそうです。
長く続いてます。どうりで花火通の方々が多い訳だ。

野尻湖の近くは大混雑です。
少々離れた山の中から見てました。
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そろそろ花火の季節も終わりに近い付いているのかな。
昨日の夜からセミが秋の虫の音に変わりました。
季節は動いてますね。

 

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by nosaphoto | 2015-08-15 10:33 | 信濃町 | Comments(6)

写真で見る善光寺の謎

難航していた写真版「善光寺の謎」やっと先ほど出版しました。
前回文字中心だったものを写真中心のものにしました。
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中身はこんな感じです。
54ページと長くなりました。
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技術的なトラブルが続き、アマゾンのカスタマーセンターを巻き込みながら進めました。
もし電子出版にご興味ある方、出してみようかなという方はご連絡いただければどんな問題があるのか、またどう解決したのか
お話できると思います。
コメント(鍵付き)などでご連絡ください。

ご興味ございましたら、アマゾン覗いて見てください。 写真で見る「善光寺の謎」
今はPCやスマホで見られます。PC、スマホでご覧になられる方はこちらを参照下さい。

 

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by nosaphoto | 2015-08-11 10:48 | 電子出版 | Comments(0)

残暑お見舞い申し上げます

気がついて見れば立秋を過ぎたとのこと。
そうは思えないほどの暑さですね。
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体調にはくれぐれもお気を付けください。
最近 雷が多いので写真集から引っ張ってきました。

 

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by nosaphoto | 2015-08-09 16:25 | 戸隠 | Comments(4)

諏訪大社 上社本宮

建御名方神は丹後の海部氏の先祖が支配していた若狭湾を避け、出雲の影響力があった能登へ上陸。
東へ進み立山連峰や北アルプスを廻り込み、直江津から北国街道を南へ下り諏訪へ。

出雲と東海勢力は前方後方墳(四角四角)の分布により、国同士つながりがあったことが分かっています。
大和から隠れるように東海勢の勢力下へやって来たのではないでしょうか。

やっと諏訪大社に着きました。
上社 本宮、前宮。下社 秋宮、春宮と4社で成る神社です。
今回は上社本宮に来ました。
こんなに凄い神社だったのか。。
風格、スケールなど第1級です。
4社全てで
建御名方神とその妻が祀られています。
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本殿がなく拝殿から後ろの御山を祀る神奈備と呼ばれる大変古い様式です。
最古の神社とされる奈良の大神神社と同じ形態です。

伊勢系に見られる極彩色のものはありませんが、出雲のシンプルにして力強い雰囲気を感じます。
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来てみて知りましたが、諏訪は「縄文の王国」と呼ばれるほどの地。
2、3世紀においても有力な豪族がいて、多くの人達が住んでいたのでしょう。
そうすると出雲の国から逃げてきた人々を受け入れたのには何か理由があるはずです。

出雲は強大国の一つでした。またその立地から推測すると鉄をはじめとする大陸からの先進文化を出雲の人はもたらしたのではないか。
きっと歓迎されたのではないでしょうか。

ここには大和の伝承では諏訪まで追い詰められ、殺さないでくれとした情けない姿は微塵もありません。
「お諏訪様」と呼ばれ、軍神として崇められている建御名方神。
大和の騙し討ちにあいながらも出雲の人々を逃がし、ここで繁栄を築いたもう一つの姿が浮かび上がります。

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島根の美保関から能登半島まで約300km、羽咋市から直江津経由で諏訪まで約400km。
長い逃避行の末、この地で歓迎されたと思うとなにやら少し救われた思いがします。

籠神社、気多大社、諏訪大社と廻ってきましたが、神社は歴史の証人のようでした。

 

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by nosaphoto | 2015-08-01 17:14 | 諏訪 | Comments(0)