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倭人の習俗

博物館の自由に撮影できる場所で撮った写真も出版する際には許可を取る必要があるのだそうです。(知らなかったなぁ)
そんなやり取りの中で見ていた「出雲弥生の森博物館」の模型の写真です。

魏志倭人伝では
男子はみんな髪を露わにしたままで結い、木綿によって頭上に巻き上げている。
衣服は広い布を束ね結んで繋げている。ほとんど縫っていない。
成人の女子は髪を振り乱しているか、曲げて結い上げている。
女子の衣服は単衣でその中央部に穴を開けて、頭を通して着ている(いわゆる貫頭衣)。
ここの館長さんが凝りに凝って作った模型だそうです。
入れ墨もしっかりありますね。

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「敬意を払うべき有力な相手に出会うと、ただ手を搏つだけで、それが(中国人のする)跪拝に当たる」とあります。
こんな感じだったのでしょうか。
黄色い服は吉備から来た人たちで、赤い服は出雲の人です。
出雲の王の葬儀には吉備から人が来ていたようです。
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吉備の特殊器台です。
この上に器や土器を置きます。
吉備国でしか作られていません。
吉備は出雲、大和に影響を持っていたと考えられています。
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これはおまけです。
古代の人々は歩くときに左手と左足を、右手と右足を同時に前に出したという説があります。
「ナンバ歩き」と呼ばれますが、確証はありません。
これは館長の勇み足じゃないかな。
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あと著作権で厄介なのは地図です。
GoogleもYahooもWebではどんどん使えと言いますが、紙にするときは「ゼンリン社」との個別交渉が必要になります。

 


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by nosaphoto | 2016-04-28 21:17 | 古事記 | Comments(0)

伊勢へ その(3) 内宮正殿

平成25年遷宮が行われました。
まだ新しい拝殿です。正殿はこの後ろになります。
この階段に上がるともう撮影できませんので階段の下からの一枚です。
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内宮 拝殿

その隣にある前回の正殿があった場所です。
ここを見たかったのですが、厳重に警固されてました。
警備員さんの詰め所まであり、覗き見ることは出来ませんでした。
「参ったな。これは想定外だなぁ」

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と思って帰り始めると「荒祭宮」(あらまつりのみや)という境内社がすぐ近くにありました。
ここは天照の荒魂(あらみたま)を祀る宮です。
荒魂とは災害を起こしたりという神様の荒ぶる面を指すものです。収穫をもたらす等の慈愛の面は和魂(にぎみたま)と呼びます。
内宮ではこの荒魂をわざわざ祀っています。外宮にもない珍しいものです。
天照はよほど荒ぶる面が強い神だと言うことが、祟りの話と共にこれからも分かります。
どうも荒祭宮は内宮正殿のミニチュア版の造りのようです。正殿と共に遷宮も行われます。

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荒祭宮

遷宮前の敷地に「覆屋」(おおいや)ありました。
正殿は9本の柱で建てられます。そのド真ん中の柱は通常屋根を支えたりと構造的に一番重要な柱です。
ところがその真ん中の柱「心御柱」(しんのみはしら)は屋根を支えるどころか、地上から少し頭を出しているだけで床下で終わっています。
床下は周りから見えません。
遷宮の後はこうして次の遷宮まで覆屋で守られます。誰も見ることは出来ない柱なのです。
伊勢神宮でも「秘中の秘」とされ、柱はどこで切り出され、いつ建てられるのかも一切が秘密の中で行われます。
またこの柱は「大物忌」(おおものいみ)という5歳から13歳の童女しか祀ることが出来ません。
伊勢神宮に祀られる「天照」とは何ものなのか。
この謎はここから解き明かしていく必要があります。
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荒祭宮 覆屋

目的達成で、ほっとしての帰り道。
初宮のご家族のようでした。

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大きくなって「お宮参りは伊勢神宮でした」って言えるのも、何だかいいですね。

 

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by nosaphoto | 2016-04-28 17:55 | 古事記 | Comments(0)

伊勢へ その(1) 斎宮歴史博物館

伊勢へ行ってきました。
今回は斎宮歴史博物館を紹介します。
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斎宮(さいぐう)とは斎王(さいおう)が住む宮です。
斎王とは天皇に代わり伊勢の大神を祀る人です。
一人の天皇に一人の斎王がいました。
天皇の娘、5才から20才までの皇女から占いで選んだと伝わります。
この歴史館で取り上げている斎王は8才の時にここにやって来ました。
天皇が崩御されるまで都には帰れませんので、旅立ちは父親との永遠の別れとなります。
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奈良時代から始まる国家事業ですので、伝わるものも中途半端なものではありません。
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これはなんでしょう?

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「硯」です。
こうした歴史や展示品を紹介しています。
伊勢に行かれましたら、内宮とここはぜひご覧になってください。
外宮に行かないと片参りとか言うのは後から造った外宮のキャッチコピー、マーケティングの一環ですのでまぁ気にすることはありません。
気になる方は外宮からどうぞ。

 

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by nosaphoto | 2016-04-24 23:55 | 古事記 | Comments(0)

熊本地震に関して

熊本を中心に発生している地震を受けて、九州から沖縄方面に被害を及ぼした地震の過去の記録から何か分かるか調べてみました。
15世紀などの古いものは、断層の調査から沖縄大学等がシミュレーションし推定したマグネチュード値を使っています。
M7以上の地震が数多く発生してます。
1771年には石垣島を30mの津波が襲いました。明和の大津波と呼ばれます。
宮古・八重山両列島で死者・行方不明者約12,000人に上りました。

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1792年には雲仙普賢岳の噴火が起こり、眉山の山体が崩壊し対岸の熊本県を大津波が襲いました。
死者およそ15000人とされます。
川内原発の想定津波高は6mと聞きますが、何を根拠に作ったのでしょうか。

次は地震の起きた間隔、年数です。
大きな地震の後の翌年にまた起きる可能性が高いことが分かります。
この高い頻度にも驚きますが、ところが今回は立て続けに発生しています。
気象庁が過去に例がない異常事態というのも納得できます。
おおよそ700年間で同じ年にM6以上の地震が起きたのは2回だけです。

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次のグラフは間隔年数を累積したものです。
20世紀までは収束方向、穏やかな期間だったようです。
ところが21世紀、東北の震災以後には活発な活動期に入ったと言わざるを得ません。

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他の地域は見ていませんが、日本列島は地震の活動期に入ったと見るべきではないでしょうか。
その積りで他の地域においても地震への備えは幾らやってもやり過ぎと言うことはないと思います。
国の予算も原発再稼働ではなく、インフラ強化へ少しでも多く回すべきです。
時代は変わりました。

今の震災が早く収まり、被災された皆さんが少しでも早く安心できる時が来ることを祈るばかりです。

 

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by nosaphoto | 2016-04-18 21:23 | 熊本地震 | Comments(0)

伊勢へ その(2) 内宮の入り口

なぜ鏡を宮中ではなく、伊勢というこの離れた場所で祀るのでしょうか。
崇神天皇の時代「神の威が強すぎて共に住むことは出来ない」として「鏡」を宮より外に出したためです。
皇祖である天照が天皇に祟ったのです。
そのため鏡を祀る場所を求めて倭姫命(やまとひめのみこと)がこの伊勢までやって来ました。

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内宮 鳥居

ここに神宮を建てたのは
天照の生まれは日向の阿波岐原という海岸近くであり、神武天皇の出身も日向。そのため日に向かうこの地は皇祖を祀るに相応しい地であること。
強大な敵であった東海勢を制圧したことは大和の全国制覇の契機となりました。その平安が続くことを願う神宮を建立するのに東海を見降ろすこの場所が適していること。
交通の要衝であり、また水源地であるため信仰の基盤があったこと。
熱田神宮は東海地域を鎮圧した武の象徴。その熱田と伊勢湾を挟み並び立たせることで、天の安河で天照とスサノオが対峙した神話をイメージさせること。
こうした理由でこの地を選んだと考えます。

 

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by nosaphoto | 2016-04-15 16:54 | 古事記 | Comments(0)

粋な計らい

編集担当者が決まりました。なんと前回と同じIさんになりました。
自然信仰だの日本人の価値観だのと訳の分からないことを言っていた時に、分かり易い文章にしてくれた方なのです。
出版社が同じなのでもしかしてと期待していたのですが、本当にそうなるとは。
下の写真を見ながら打ち合わせをしたことを思い出しました。

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戸隠山と鬼無里の集落

4,5軒の小さな集落です。雪に外灯の光が反射してました。

 


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by nosaphoto | 2016-04-10 17:27 | 古事記 | Comments(0)

This day

Amazon photoを使って見ました。
今までバックアップは外部ディスクとDVD(以前はCD)に取っていたのですが、10年以上DVDからコピーする事態になった事は一度もありません。
また自宅が火事になれば全て無くなりますので、何かないかなと思っていたところアマゾンプライム会員は写真データは無制限でAmazon Cloudにアップできる
サービスが始まりました。
で、使って見ました。
注意点があります。
・やたら遅い。3TBほどのデータがありその内1TBをアップロードしています。5日経ってまだ半分ほどが終わったくらいです。
 10日程度掛かりそうです。
・JPEGは勿論写真として扱われますがRawデータはニコン、キャノン、ソニーのデータだけ写真データとして認めます。
 他社のデータは写真ではなくその他のデータとなるので無料の対象は5GBまでです。
 
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小川村の梅

どこもやっていますがその日に撮った写真があると"This day”と表示されてきます。
6年前の今日、撮ったものです。
ここのオーナーが急な冷え込みで霜を気にして見に来られてました。幸い大丈夫だったとのこと。
白馬の地震の後、ここを見に行ったのですが崩れ去ってました。
厳しい自然の中での生活を垣間見た思いでした。
 
 


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by nosaphoto | 2016-04-01 19:21 | 小川村 | Comments(0)